ペット信託とは?|飼い主の死後のペットを守るために
人生100年時代といわれるほど高齢化が進み、また、核家族化と相まって、高齢者世帯が増えています。
そのような高齢者世帯では、老後の寂しさや独居の辛さを癒すために、ペットを「家族」として飼うケースも多いことでしょう。
しかし、こうした高齢者が入院や施設に入った後、あるいは亡くなった後、飼っていたペットはどうすればいいのでしょうか?
このようなケースを想定して、ペットの飼育を委託することができる「ペット信託」という仕組みがあります。
今回の記事では、「ペット信託とはどのようなものか?」について説明します。
1 飼い主の死後のペットの扱い
ペット信託をご説明する前に、他の制度でペットに遺産を遺すことはできないのか、飼育を託すことはできないのかについて考えてみましょう。
⑴ ペットに財産を遺せるのか
日本の民法では、動物は、貴金属や家財等と同じように「動産」として扱われています。
したがって、法律上、動物には、遺言書で直接ペットに財産を遺すことはできません。
⑵ ペットの飼育を託すことは可能
しかし、今の法律のもとでも「負担付死因贈与」や「負担付遺贈」という手続きでペットの飼育を託すことができます。
負担付死因贈与とは、ペットを飼育してもらうことを条件に、贈与者の死亡後に財産を贈与することです。
負担付遺贈とは、ペットを飼育してもらう義務を負担させた遺贈です。
しかし、負担付死因贈与や負担付遺贈には次のような問題があり、家族であるペットを託すには好ましいものではありません。
・負担付遺贈は、財産を受け取る側がその遺贈を放棄することが可能であり(民法第986条第1項)、遺贈放棄をされてしまった場合、遺贈者の死後に飼育者が不在となり、ペットの飼育問題が再燃してしまう。
・負担付死因贈与では双方の合意が必要なので、上記の問題は生じない。しかし受贈者が負担(ペット飼育)を履行しているかどうかを第三者がチェックする仕組みがなく、受贈者が財産を受取った後、ペットの飼育が適切に行われるとは限らない。
・負担付遺贈では、ペットの適切な飼育をしない受遺者に対して、遺贈者の相続人や遺言執行者が期間を決めて適切な飼育をするように催告することができ、期間内に履行がない場合、遺言の取り消しを家庭裁判所に求めることもできるが(民法第1027条)、手続きが面倒。
・負担付死因贈与や負担付遺贈では、受取ったお金は受取った者の財産になるため、受取ったお金をペット飼育費以外にも使うことができてしまう。また、ペットの飼育が終了した後で、残ったお金があったとしても、そのお金は受遺者・受贈者の財産となってしまう。
2 ペット信託について
そこで注目を集めているのが、ペット信託です。
ペット信託とは、財産を信頼できる第三者へ託し、ペットの飼い主の、もしもの事態に備えることのできる信託です。
そもそも信託とは、自分の財産の一部又は全部を信頼できる人に託して、自分が決めた目的に沿って管理・運営してもらう制度のことです。
この信託の仕組みを利用したのが「ペット信託」で、日本司法書士会連合会の河合保弘理事が考案し、2013年に商標登録されたものと言われています。
ペット信託は、「信託」の仕組みを活用して、飼い主の入院・施設への入居、および飼い主の死亡後、ペットの面倒を見てくれる個人や法人等にお金を託して、そのペットを飼育してもらう方法です。
つまり、このペット信託を活用することにより、病気・けが・死亡など飼い主にもしもの事があった時に、残されたペットがその後も不自由なく、幸せな生涯を送るための資金と場所を準備しておくことができます。
3 ペット信託の仕組み
次に、「ペット信託」の仕組みについてご紹介します。
⑴ ペット信託の契約について
ペット信託の場合、契約で次の3者を設定する必要があります。
委託者:ペットの飼い主
受託者:信託財産(金銭)を管理する者
受益者:実際にペットを飼育する者(ペット用の施設なども含まれます。受託者の管理する金銭を受領する、という意味で「受益者」になります)
まず、「ペットの飼い主である委託者」が、「信託財産(金銭)を管理する受託者」と「実際にペットを飼育する受益者」を選びます。
この際、受託者や受益者は信頼できる個人や法人である必要がありますので、選択は慎重に行いましょう。
また認知症などで、信託契約当時、飼い主(委託者)に判断能力がなければ、契約自体が無効になってしまう可能性があります。
そのようなことにならないように、飼い主に判断能力がある間に信託契約を締結しておきましょう。
次の点に注意して、信託契約を締結します。
・飼い主を委託者、信託財産を管理する者を受託者、実際にペットを飼育する者を受益者とする。
・飼い主(委託者)の希望する飼育条件を盛り込む。信託の終了時(ペットの死亡など、信託契約で終了原因を設定します。)の残余財産の帰属権利者についても定めておく。
また、ペットの死亡などにより信託契約が終了する場合に備えて、信託終了時の残余財産には、あらかじめ帰属権利者を定めて、その者に帰属するように信託契約で設定します。
⑵ ペット信託の費用
ペット信託には、次の費用がかかります。
・信託契約書作成料(専門家に依頼した場合に必要)等の、初期費用
・飼育費(ペットフード代・獣医代・雑費)など
ペットの余命から飼育費用を算出するため、種類や余命によって必要な金額は変わってきます。
例えば小型犬の場合では、おおむね次のような費用が必要だとお考えください。
・信託契約書作成料等の初期費用:15万円程度〜
・飼育費:年間25万円程度〜
4 ペット信託のメリット・デメリット
ペット信託にも、メリットとデメリットがあります。
⑴ ペット信託のメリット
ペット信託には、多くのメリットがあります。
飼い主に万一のことがあっても、ペットは受益者(や受託者)に世話をしてもらえる。
世話にかかる費用は、飼育費としての信託財産があるので、確実にペットの飼育費を残して、ペットを第三者に託すことができます。
受託者は、信託財産をペットのためにしか支出できない
ペットに関する信託財産を託された受託者は、信託財産の支出について、信託契約で決められた範囲でしか使うことができません。
結果として、信託財産はペットのためにしか使うことができず、また、信託財産の利用状況のチェックに信託監督人をつけることもできます。
契約により飼い主の希望に近いペットの飼育条件設定が可能になる
ペット信託は、遺贈や死因贈与と異なりペットの飼い主(委託者)とペットを世話する人(受益者)が十分に事前に打合せをした上で、合意することができる形態ですので、飼い主の希望に近いペットの飼育条件を信託契約に盛り込むことができます。
また、信託監督人を置くことにより、ペットの飼育条件が守られているか、実際きちんと飼育されているか、信託財産が適切に使用されているか等をチェックすることもできるようになっています。
ペット信託契約終了に伴い、残った信託財産についての処分方法を指定しておくことができる
ペット信託が終了したタイミングで残った財産について、どのように処分するのか、例えば、相続人に譲り渡すのか、その他親族などに譲るのか等を、事前に決めておくことができます。
⑵ ペット信託のデメリット
メリットの多いペット信託ですが、デメリットもあります。
受託者の選任が困難
「信託財産を管理する受託者」や「ペットを飼育する受益者」については、ペットの飼い主(委託者)の希望に合う人を見つけることが大事ですが、適切な人を選任することが難しいといえます。
適切な受託者・受益者を選任できるかどうかが、ペット信託がうまくいくかどうかのキーになります。
ペット信託の料金
初期費用やペット飼育費用等を合計すると、大型犬の場合、数百万円規模と、それなりの費用が必要になります。
また、その費用を「信託費用」として、一度に支払う必要があります。
ペット飼育費用については、ペットの種類や余命等によって費用は変わってきますので、ご自分のペットの飼育費用について確認しておきましょう。
5 ペット信託を始める際のポイント
⑴ 信託監督人の設定も検討
通常のペットの里親制度とは違い、受託者や受益者を監督する目的で、信託監督人を置くことができます。
信託監督人は、信託財産の管理やペットの飼育状況等、信託契約を守ってくれているかどうか、監督することができます。
信託財産の利用状況、ペットの飼育条件や、きちんと飼育されているか等をチェックすることができる仕組みになっていますので、ご心配な方は、信託監督人の設定をご検討されることをお勧めします。
⑵ 信託財産は相続人の遺留分を考慮する
遺留分とは、法律上保障された、相続人が受け取れる一定割合の相続財産のことです。
信託契約に基づく財産移転により、他の相続人の遺留分を侵害した場合は、遺留分侵害額を請求される可能性がありますので、相続人の遺留分についても考慮して、信託契約における信託財産の設定をする必要があります。
⑶ ペット信託の組成は専門家に相談
ペット信託は、当事者、特に、飼い主の希望を叶えるために、柔軟に契約内容を決めることができます。
その一方で、契約が柔軟であるが上に、ペット信託契約の内容を決めるのには専門知識が必要なので、専門知識のない私たちにとってはハードルが高いといえます。
ペット信託の契約に関しては、専門家に依頼した方が安心です。
6 まとめ
自分たちが亡くなった後のペットの将来について、気にならない方はいないでしょう。
ペットは大事な家族ですので、自分たちが亡くなった後も、家族(ペット)の幸せを願うのは当たり前のことです。
しかし、残念ながら、今の民法ではペットは物として扱われていますので、その物であるペットに財産を残すことはできません。
一方で、ペット信託をという仕組みを使えば、ペットの飼育のために財産を残すことができ、その財産を使って、ペットは幸せな余生を送ることができます。
ペット信託を活用する上では、メリット・デメリットを把握するとともに、制度活用時の注意事項も理解する必要があります。
ペット信託をお考えの方は、ペットに問題を遺さないように、専門知識を持った経験豊富な法律事務所にご相談されることをお勧めします。
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